たかが、と物事を言う人は、実は内心では傷ついているのです!

ゆうきちです。

今回は、たかがというセリフに隠された深層心理を覗いていきたいと思います。

仲間内で麻雀をして、勝った人が成果を誇ってはしゃいでいますよね。

それを見た負けた人が、

たかが、遊びじゃないか

と言ったら、あなたは、その言葉から、どんな印象を受けましたか?

勝敗にこだわらないのは、さすが大物だなぁ

なんて思う人は、まずいないでしょうね。

むしろ、ほとんどの人は、

麻雀に負けたくらいで、負け惜しみをいうちっちゃな奴だな

と思ったんじゃないですか。

じっさい、こういったセリフを吐く人ほど、内心では自分負けたことに傷つき、

こだわっていることが多いんです。

勝負に負けたときや困ったとき、

たかが・・・

と物事を矮小化するのは、心理学的には、防衛機能の一種と考えられているんです。

内面に生じた欲求やストレスを

たかが・・・

ということで矮小化しようとし、

たいしたことではない

と自分に言い聞かせているんですね。

つまり、自分に置かれた辛い立場を意図的に軽く見ることで、精神的バランスを保とうとしているのです。

もちろん、それは、本人の精神衛生とは、有意義な行為といえるんです。

たかが・・・

と言うことで、精神的な負担が軽減されれば、それはそれでいいんです。

でも、たかが・・・と言っていいのは、あくまで自分の心の中や独り言としてであって、

それを相手に聞こえるように言ったのであっては、周囲の人から、

小さい奴

と見られるのがオチなんですね。

たとえば、プロ野球のオープン戦で負け続けた監督が、

たかがオープン戦なんで、大丈夫

なんて言っていれば、ペナントレースが始まっても、負け続けるでしょうね。

コメントを残す

サブコンテンツ

このページの先頭へ